2013年12月31日

お馬さんの話

馬頭観音.JPG

中目黒の馬頭観音さまの話。

五年ほど前、まだ中目黒に住んでいた時のこと。
ある休日に、銀座商店街をふらぷら歩いていると、脇道にある、
骨董屋さんのような植木屋さんのような店の軒先で、知人が、
そこの主らしき老人と、話し込んでいる姿が見えた。
おじさんは、商店街にある陶器屋さんを息子に譲り、
骨董と趣味の植木に精を出しているとか。
多肉植物の寄せ植えなどもある。
私も混じっていろいろと話し込んでいるうちに、おじさんの昔話になった。

おじさんは、戦中に、ミャンマーに通信兵として従軍しておられた。
そして終戦後、二年間の捕虜生活を送られた後、やっとのことで帰国。
地元の中目黒に戻ってこられた時に、まず一番に思ったのが、

「馬たちを弔ってやりたい」

戦地でともに移動し、ともに暮らした馬たちを、結果的に
置き去りにしてしまったことに、おじさんは心を痛めていた。
もし生きて帰ることができたら、地元の馬頭観音で、きちんと
供養をしてやりたいと、収容所で考え続けていたそうだ。

「人間は英霊として手厚く祀られているし、大勢の人が参拝
してくれるでしょ。だから馬たちには、僕が毎日手を合わせてる」

帰国してさっそく、さびれていた観音さまの敷地をきれいにした。
以来、六十年以上、おじさんの日課は、早朝、馬頭観音の掃除から始まる。
そして、花木を手入れする。
小さな観音さまなのに、季節ごとにきれいな花であふれかえって
いるのを見て、誰かお世話をされている方がいるのだなとは思っていたが、
そういうことだったとは想像もしなかった。

かんのんさま.JPG

今でもなのだが、うま年の私は、当時から旬楽の行き帰りに必ず手を合わせ、
勝手なお願い事をしたり、美味しいお料理が食べられたことを、
感謝するのが習慣になっている。
中目黒にいた当時、この観音さまの敷地内に、何匹かの野良猫が暮らしており、
仲良くしてもらっていた。
猫たちは、観音様に見守られて居心地良さそうに、暮らしていた。
猫と暮らそうという気持ちをかためたのは、この時期だ。
出会いがありますように、という願いを、すぐに観音さまは
聞き届けてくださった。
そして、現在にいたる(笑)

明けて、新年は、うま年。
人間も動物も、戦地で命を落とすことのない社会であって欲しいな、と
おととい、年内最後のお参りで、観音様に手を合わせた。















posted by 西濱陽 at 12:54 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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